◆私の好きな鉄道風景◆ −10−

私の好きな鉄道風景
−10−


急行利尻から午前4時頃に降りたのは、私一人だけ。まだまだどこの人も心地よい 夢の中をさまよっているかと思われるこんな時間に、私は函館本線の深川駅に いたのです。駅前のコンビニエンスストアでサンドイッチとおにぎりを買って 軽く朝食をします。これから私は深川から名寄まで「深名線」に乗車しようと 思っているのです。

深名線ホームには1両だけの気動車が停まっています。赤字路線ということで バス転換の話も出ているこの路線。途中駅の北母子里(きたもしり)駅では 氷点下40度なんていう想像を絶する気温を観測したそうです。夏だというのに、 思わず身震いしてしまいました。

閑散としたホームにぽつんと停車している気動車に乗り込むと、すでに2名の 方が新聞を読みながら座っているのが目に入りました。「一人きりじゃなかった」 とほっとして私はさっき買い求めた朝食に手をのばしました。これから行く経路の 確認を時刻表でしながら食べているとついつい夢中になってしまったらしく、 気動車の発車時刻になったようです。

ふと、顔を上げると「居ない!」。さっきまで居た2名の方が忽然と車内から 消えているんです。ドアが閉まり気動車は走り出します。車内には私一人きり。 しばらくすると車掌室の扉が開き、車掌さんが話しかけてくれました。「お客 さん、お一人ですし時刻表をお持ちのようですから、到着駅のご案内は省略させて いただいてよろしいですか?」と聞くんです。本当は車内放送も聞きたかったけれど 「はい、大丈夫ですよ」なんて応えてしまいました。そのとき、その車掌さんの お顔を見ていてはっと気付いたことがあったんです。さっき車内にいた1名に 間違いなかったんです。とすると、もう1名は...運転士さん...。

誰も居ないホームに気動車が到着します。降りる人など誰も居ません。でも 丁寧にドアを開け、危険確認をしてからゆっくりと発車していきます。車掌さん がおっしゃるには「朱鞠内(しゅまりない)まではどなたもいらっしゃらないでしょうね」だって。 その予言がぴったり的中して朱鞠内着。ここで始めて乗客が居ました。かわいらしい 女子高校生さんが一人。朱鞠内湖の湖畔をかすめて最低気温の記録地「北母子里」を 過ぎ、いよいよ気動車は名寄へと向かいます。大自然の中をゆっくりと力強く 気動車は走っていきます。

以前は、この路線が旭川経由の路線の伏線として造られたという話を聞きます。 その伏線の役目を果たさぬまま、この路線は昔日、惜しまれながらも廃止と なったのです。

−10−完−
Written By marumi.