◆私の好きな鉄道風景◆ −17−

私の好きな鉄道風景
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小学3年生だった私は、父親に連れられて、大阪は上本町6丁目に ある「近鉄上本町駅(通称ウエロク)」にいました。今日は、私の初め ての一人旅です。ここから近鉄特急「ビスタカー」に乗車し、伊 勢中川駅で乗り換え、久居(ひさい)駅へ行き、バスでしばらく行く という、いわゆる母方の実家への旅でした。父親からは、完璧な までに作られた行程メモを渡されていたので、両親は意外と安心していた ようです。でも私は初めての一人での旅に異様な緊張感を味わっていたのです。

田舎の方の方々には、母親の方から連絡されていたんだそうです。すると伊勢中川駅 まで迎えにきてくれるということになったそうで、つまり私の一人旅は「列車内のみ」 となってしまったわけ。

父親が乗車券と特急券を購入してきました。乗車券の両側に穴が空いた 紙の切符は初めて見る物でした。その切符を大事にポシェットにしまって、 ホームへと急ぎます。列車に荷物を積み込んでくれた父親がホームへと降 りていきました。一抹の不安が私を襲います。「ガクン」ゆっくりと列車 は動き出しました。後ろへと流れていく父親は駆けながら手を振ってくれています。

窓際の座席で不安と期待で固まってしまっている私に、そっとおし ぼりを渡してくれた人がいました。今まで気が付かなかったけれど、隣には 年配(当時の記憶でそう思っているだけです)の女性がいました。にっ こりと笑いながら、「ひとり?」と聞いてきました。「はい」としか答えることは できませんでした。「えらいねぇ。どこまで?」「えっと、中川まで」「あ、そ れやったら一緒やから降りるときになったら教えてあげるね」と、 大層親切にしてもらったのでした。旅での出会いに興味を覚えた最初の経験でした。

なにしろ特急料金というものが必要で、おしぼりとか車内販売など あることすら知らなかった私は、見る物すべてが新鮮でした。「は い。これあげる」と隣の方が大きな平べったいカップに入ったアイ スクリームを差し出してくれました。そのころには私の不安も消え、ま るで近所のおばさんと話しているように饒舌になっていったのです。 八木(やぎ)・名張(なばり)・伊賀神戸(いがかんべ)と列車は 停車していきます。目的の中川には意外と早く着いた気がしました。 乗車したときは、カチコチだった私が「どうもありがとう。ばいばい」と 手を振りながら降りていったのです。隣に座っていた方も「気ぃつけてなぁ」 とにこにこしながら手を振ってくれていました。

さて、中川駅で祖母を探しますが、その姿がどこにも見えません。 私は悩みました。このまま父親のメモ通りに進もうかどうかをです。 しかしこのとき父親の言葉が耳に届いたような気がしました。 「わからんかったら聞いたらえぇんや。そしたらどこでもいけるはずや」 という言葉がです。私は、駅長室への扉を押しました。「あのぉ、すみません。 呼び出ししてください。名前は***です」。場内放送が鳴り響き、私は合流 に成功しました。

この1年後、私は相手方に連絡せずに完全単独田舎への道を辿っています。 もう呼び出すのは嫌だったから...。

−17−完−
Written By marumi.