◆私の好きな鉄道風景◆ −30−

私の好きな鉄道風景
−30−


※今回だけ、2話分となってしまってちょっと長いです。 大井川鉄道・井川線を詳細にお伝えしたくて書いてたらこんなに なっちゃいました。ご了承ください。
半自動の扉が閉まります。いよいよミニ列車の旅の始まりです。千頭(せんず)駅を 出るとすぐに半径の小さなトンネルに入ります。勾配が急になっていく のがよくわかります。単線の狭軌(線路の幅がせまいのをこういうんだそうです) のレールの上をごとごとと走ります。 いささか工事用のトロッコの乗っている気分になってきます。進行方向右手には だんだんと急流になってきた大井川が寄り添います。

ゆっくりした走りで列車は川根両国(かわねりょうごく)駅に到着。乗客の乗り降りは 皆無でした。車掌さんが放送で案内を始めます。 「この井川線に乗らないで、大井川鉄道に乗ったなんてことは言わ ないでくださいね。大井川は、ここからがいいとこですから。上流 に行けば行くほどいいとこになりますから」まるで話し言葉の様な 口調で語る案内に乗客は含み笑いをしていました。

沢間(さわま)、土本(どもと)、奥泉(おくいずみ)と停車していきます。 この辺りから、後世の長島ダム建設にあたって、 水没する集落が出てくるんだそうです。当然、その土 地を走っているこの列車の路線も水没するわけです。このために、鉄道路線 だけは、すでに路線の付け替えが行われていました。次の駅は 「アプトいちしろ」。大井川鉄道が「アプト式」といわれているのは、こ この区間があるからです。

さて、アプト式とはどのようなものでしょうか。それは、あまりの急勾配 のために、列車の車輪だけでは摩擦が少なくて空回りをするのだそうです。 このために、レールとレールの間に、歯車を縦に延ばしたよう なギザギザ(ラック)が取り付けられています。また、列車にも機関 車を増結させます。この機関車の床下には、歯車が付いていて、先の ラックにかみ合うようになっているのだそうです。

車掌さんは、この様子を次のように案内してくれました。「とっても急なの。だ から、登れないの。それで、機関車を付けて、後押しするんです。 機関車には、歯車があって…。」また、この駅でかなりの時間停車 していたので、車外に出て記念撮影しようとしている乗客に向かって 次のように案内しました。「車外に出られて写真を撮られるのは勝手ですが、 かならず戻ってきてくださいね。ここでおいてけぼりになると3時間は なにも来ませんよ」なんとも、楽しい車掌さんです。最後にはこんなこともいって ました。「乗り遅れても、この列車、待ってあげるような親切な気持ちはあ りませんから…」どっと笑いが起きます。

アプトいちしろ駅をでると、歯車のかみ合わせへの誘導部分があ ります。徐々にその間隔が狭くなり、歯車がかみ合います。前方遙か高所に レールが見えます。車掌さんは「この列車はあそこまで登っていきます。 機関車はものすごく力持ちです。みなさんのように重い方ばかり乗 せていますけどちゃんと登ります」大きなお世話だぁ!。

平田(ひらんだ)という駅があります。山間の小さな駅です。この 駅は水没する旧井川線には無かった駅です。川根唐沢(かわねからさわ) 駅が水没するというので、路線が北に移動した際に、新しく設けられた駅だそうです。 「平田の集落は、小さなものですが、人がいるところには駅があります」と 案内がありました。

長島ダムという駅があります。ここは、新しくダムが出来ればダム湖 の近くになるそうです。今はまだダムが完成していないためにそこはなんでもな い開けた土地でしかありませんでした。ここでアプト式は終わりです。後方を振 り返れば、急勾配を登ってきたのだと言うことがよくわかります。 ここで引き返そうとする乗客に車掌さんは案内します。 「この駅で戻られる方は、向かいの電車に乗り換えてくださいね。 でも、ここまで来て戻るなんていうのは、本当の 大井川のよさを見ないで帰るのと同じですが」

長島ダムで上り列車と下り列車の交換(単線路のために、ここで 行き違いをする)があります。さて、ここからが絶景の鉄道です。大 井川鉄道の一番素晴らしいところかもしれません。奥泉あたりで始め て大井川を横切り、それからずっと大井川が進行方向右手に見えます。 鉄道は川の流れに沿って忠実に行き来しています。 接阻峡温泉(せっそきょうおんせん)に近い駅に停車。 「ここで右手を見てもらいましょうか」そんな感じで放送が入ります。 まるで学校の授業を受けているような感覚さえ受けました。

「ちょっと暑いですね。でももうすぐトンネルに入りますから、 多少涼しくなるでしょう」長いトンネルの中は、吹きつけのコンク リートが剥き出しで化粧コンクリートのないところもありました。 例によって径が小さいです。手を延ばせば壁に届きそうです。

井川駅が近くなって来た頃、車掌さんからの案内にも熱が入ります。 右を見ろ、左を見ろ とあれこれと指示してきます。 沿線風景をすべて案内しようとの心が見えます。 井川駅に入る直前に最後の案内がありました。 「右手に見えるのが、井川ダムです」立派なダムです。これと同 じようなダムが長島集落に出来、多くの集落が水没します。長島ダム とは、最も多くの集落が水没する「長島集落」からとって名付けら れたものなんだそうです。

井川駅でしばらくの時間を持て余した私は、何もすることがなく そのまま次の列車で引き返すことにしました。同じ車掌さんが案内をしてくれる ことになりましたが「ここに来るときに一杯案内したので帰りは黙ってます」 といいます。しかし「今、どっち向かって走ってるでしょう」とクイズ したりして「今日のお客さんは方向音痴だ」としきりに笑わせてくれました。

このような鉄道にいつかまた乗車してみたいと思います。

−30−完−


Written By marumi.