◆私の好きな鉄道風景◆ −49−

私の好きな鉄道風景
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1996年の三が日も明けやらぬうちに、私は松山の道後温泉に来ています。 ここまで青春18きっぷを片手に、ムーンライト松山号で来たのです。早朝の 松山はまだお正月ムード満点です。昨夜神戸を出て松山に来ましたが、実は 温泉にだけ浸かってすぐに神戸へと引き返すつもりでした。そうでないと 青春18きっぷ1枚では足りなくなるからです。

慌ただしく松山の道後温泉に行き、1時間程を過ごします。その後、せっかく 来たのだからと松山城などを急ぎ足で回ってみました。時刻表を見ると早々に 戻らないと今日中に神戸に着きません。駅弁を買い込んで大急ぎで汽車に乗り 込みます。

帰りの各駅停車の車内。ひとりのおばさんがスケッチブックを片手にドアのところに もたれかかっています。汽車が駅に着くとスケッチブックを開いて何かを描き留めて います。そっと後ろから覗き込んでみると、そこには駅舎のラフスケッチが。これが なんともいい雰囲気に描かれていたんです。写真では見るだけの物になってしまう んですが、絵になるとその方の人柄や気持ちなどが塗り込まれているようで、 絵の方から語りかけてくれるような気がしてきます。

汽車が発車します。その方は絵の隅っこに「**駅にて」と書き記します。 ほんの数分の停車時間だったのに、そこにはあとは色を付けるだけの絵が 完成していました。汽車を乗り継ぐときに、偶然私の前の席が空きました。 その方は「あいてますか?」と言いながら腰を下ろします。 先程から気になっていたので「絵を描いていらっしゃったようですけど...」と 話しかけてみました。するとスケッチブックを取り出して「各駅停車で いろんなところに行って、駅舎とか風景とかを絵にしているんですよ」と 語ってくれます。水彩画の透明水彩(下地が見えるように塗る方法)は 私の大好きな画法です。色の付いた絵を見せてもらっているうちに 会話もはずみ「あぁ、そうそうこういう風景だったなぁ」とか 「ここにはまだ行ったことないんですよぉ」と話題も尽きません。

そんなとき「私も風景を書き留めているんですよ」と言ってみました。 「私の好きな鉄道風景」は、そのとき持参していませんでしたけど、 興味を持っていただけたようなので「後日郵送しますね」ということで 住所と名前を交換しました。

あれから10ヶ月。その方から書籍小包が届きました。「"ポエム画紀行 各.駅.停.車<長野・岐阜>"を出版することができます。早い夢の実現で すが、これを土台に一歩一歩大きな夢にむかっていくつもりです」と 書かれた手紙と一冊の本。さっそく開いてみると、淡い色彩の駅舎が 微笑みかけてくれました。同じページにはそこで見た・感じたことが 詩として記されています。「自然や人々の暮らしが、いつも私に何かを語りかけて くれているような気がする」と彼女は記しています。

私は文章として、彼女は絵として、鉄道風景を書き留めます。そのとき 感じた思い出を...。


※引用部分は書籍の内容そのままではありません。私の方で言葉をかえてあります。
−49−完−
Written By marumi.