◆私の好きな鉄道風景◆ −51−

私の好きな鉄道風景
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今回は、架空のお話を披露してみます。大雪の日に上砂川駅に行ったときに 「昨日、悲別で」という映画のロケ地であることが記されていたので、 ちょっと創作してみました。文体もちょっと変えて常態文にしてあります。


母の遺した卒業証書


真っ白に降り積もった雪の中を、小さな汽車がひた走る。月明か りを一生懸命に受けて、木々が汽車に向かって手を振る。 「おーい、降りてこいよ」と誘う。「遊ぼうよ」と誘う。

一人の少女が窓に頬を寄せて、そんな様子を見ていた。気動車特 有の煙突付近のクロスシートにちょこんと座っていた。汽車は、 ときどき悲しげに「ブォーッ」となく。その感情を真っ白な大地は 優しく包み込む。少女の手には赤いリボンのついた筒が握られてい る。その筒の中には、さっき別れた先生から手渡された卒業証書が 入っている。

どこかに陰を秘めた少女は一言も口をきかず、ただじっと車窓に 流れる白いキャンバスを見つめている。ふと少女の目が一本の木に 吸い寄せられた。「真冬ちゃんおめでとう」そう呼ばれたような気 がする。その姿は昨夜他界した母の姿に似ていた。少女は小さく誰 も気づかない様な声で泣いた。手に持った筒を母に似たその木に翳 すように。

少女は豪雪地帯に生まれ、そして育った。しかし通学のために一 人で町の親戚の家に同宿させてもらっていた。母のことを聞いたの は、学校で卒業証書を手渡されたときだった。先生からそっと耳打 ちされて知った。母の最後の言葉は「真冬ちゃんおめでとう」。少 女はただ呆然とするしかなす術がなかった。

ここまで必死で耐えてきたのに、涙は熱く溢れてくる。車窓の木 々が、母の姿に見えてくる。少女は、はじめて一人きりになったこ とを知った。少女の父親は、まだ幼い時分に他界してしまったため に、その姿を思い起こすことができない。母の手ひとつでここまで やってこれた。その母が、昨夜突然の心筋梗塞で倒れた。

「悲別(かなしべつ)〜」車内に放送が流れる。

少女がひとり、誰もいないホームに降りる。新雪を踏みしめる音 が悲しく響く。待つ人のいない自分の家へ向かう足に雪が邪魔をし て一層重く感じられた。

今、少女は一人きりになった。学校を卒業し、そして両親から卒 業した。母親の遺した「真冬ちゃんおめでとう」という卒業証書が 真っ白な大地に浮かび上がった。


これはフィクションであり事実とは一切関係ありません。


−51−完−
Written By marumi.