ある年の5月5日、私は再び東北の五能線に乗りに来ていました。座席指定席券を 見ると、5番B席とあります。このときにはまだなんにも知らずに、ただ 「良く晴れていて気持ちがいいなぁ」ってくらいでした。
東能代駅からノスタルジックビュートレインに乗り込むとなんとなく雰囲気が 違うことに気付きます。
ノスタルジックビュートレインは、バスケットの街といわれる能代を疾走 していきます。海から寄せてくる潮風と春の麗らかな陽射しがものすごく 気持ち良いです。思わずデッキに立って、流れていく景色に見入っていました。 海岸線のすぐ近くを列車は走ります。陽光が水面に反射してきらきらと 輝いています。
列車が中間の駅「深浦(ふかうら)」に到着しました。この深浦駅では 上下のノスタルジックビュートレインがすれ違う要衝の駅です。でも 先回ここに来たときとはまったく雰囲気が違っていました。どこが!?と いうと、ものすごくにぎやかだったのです。ホーム上ではイカ焼きが馨しい香りを させていたり、とうもろこしの焼ける香りがしていたりとお祭り騒ぎです。 すると車掌さんよりアナウンスがあって、ここではじめて「今日がどういう日か」 知ることになるのです。「本年で五能線は開業55周年を迎えました。本日は 5月5日と5が並ぶ日です。そこで、突然で申し訳ありませんが、 5番のA席にお座りの方、少々ご協力いただけないでしょうか?」 とのアナウンスがあったのです。5番のA席というのは私のとなり。 この車内で知り合い、先程から話をしていた女性でした。
深浦駅でその女性は駆り出され「ミス深浦」さんより花束や記念品の贈呈を
受けていました。「もう少しずれていれば、私だったのになぁ〜」なんて
思いながらも、さっきから気になっていたイカ焼きを頬張っていました
いつになくにぎやかだった深浦駅を列車は出発します。ホーム上では ミス深浦の方や、駅員さん、観光案内所の方々が手を振りながら見送ってくれます。
千畳敷という駅に停車しますが、だれも乗車してはきません。だれも下車しよう とはしません。みんなこの列車で終点まで「旅」しようとしているのでしょうか。 千畳敷というのは、寛政4年の地震で海の底が隆起してできた自然の洗濯板のような ものです。その昔、殿様が来ると、ここに千畳の畳を敷き二百間の幕を張って 酒宴を開いたといわれているそうです。そんなところにも車で乗り付けてきたのか 数名の釣人が糸を垂れているのが目に入ります。
「また、くるからね!五能線!」そう思いながら私は座席に腰を下ろしました。