◆私の好きな鉄道風景◆ −59−

私の好きな鉄道風景
−59−



小学校に上がって間もない頃、私の家ではセキセイインコを飼っていました。 名前はチッチとピッピ。ある日の昼下がり、友人と遊んだあとのおもちゃ箱を そのままにして、チッチとピッピのいる鳥籠を涼風にあててやろうと思い外へ と出したそのとき、今日に限って虫の居所が悪かったのか、母がおもちゃ箱 について小言を言い出したのです。私が言うことを聞かなかったのが災いして、 母は空になったおもちゃ箱を窓に向けて放り投げました。それがまたあろうことか、 おもちゃ箱はチッチとピッピのいる鳥籠を直撃して崩れてしまったのです。 驚いて大空へと舞い上がったチッチとピッピ。私の頭上で2回、3回と旋回を した後に、山の方へ向けて飛び去っていきました。

私は、泣きながら4歳上の兄に相談しました。兄は財布からお金を取り出して 「探しにいこう」と言ってくれました。私は本当に探しにいく物だと思ってつ いていきました。最寄り駅から80円区間の切符を買い、三田(さんだ)まで 向かいます。有馬口駅からは寂しい単線を走ります。車内で兄はいろいろと話をし て気を紛らせてくれたのです。

三田駅に着くと、山の方角へと少し歩いてみました。「チッチ!ピッピどこ?」 と叫ぶ私。兄も探しているような素振りでした。私は、ここが三田であることな ど気にも留めていませんでした。兄も、ここにチッチとピッピがいるはずなどな いことは百も承知だったでしょう。

夕暮れが近くなり、泣き疲れた私に兄は、こう言いました。なぜか、この言葉 だけは今も印象に残っています。

「鳥籠の中で閉じ込めた鳥は可哀相なんや。そこの雀みたいに勝手に飛び回れる方 が嬉しいんとちゃうか。お前もずっと家の中で閉じ込められとったらどう思う? それより、こうやって、勝手に電車乗って、こういうとこまで来れる方がええやろ?」

この言葉を聞いて私は、あの時のチッチとピッピの行動を思い浮かべました。 大空へと飛び出したチッチとピッピ。そして2回、3回と旋回したチッチとピッピ。 あれはきっと嬉しさのあまりお礼を言っていたのではないかと、そう思ったのです。 そう思うと、二羽のセキセイインコに「今まで閉じ込めていてごめんね」と言いたく なりました。そして、「いつまでも元気にいてね」と願うのです。

チッチとピッピは、そこには居ませんでしたけど、私はなんとなくすがすがしい 気持ちで帰路につくことができました。

片道80円の駅に、私の知らない鉄道風景を見つけたような気がしました。


−59−完−
Written By marumi.