◆私の好きな鉄道風景◆ −牧さんの寄稿−

私の好きな鉄道風景
−牧さんの寄稿−



9時09分発の列車を待つ人で、待合室は混み合っていた。 駅前の小さなロータリーは、3月も末だというのに雪が積もっている。 吐く息が白い。改札が始まって、人波が動き出す。 行商に行くような格好をしたおばさんとかの津軽弁が、 古ぼけた駅舎に飛び交う。何を言っているかはさっぱり分からないけど、 こういうときが旅をしていていちばん楽しい。

ホームに人の輪が出来ている。高校出たてくらいの女の子達と、 そのわきにたぶんその中のひとりの母親と祖母だろう、 毛糸の帽子をかぶったおばさんとばあさんが立っている。 「がんばってね」の声が聞こえる。まん中の女の子が、きょうこの町を出るらしい。 彼女は、泣いていた。

がんばってね、ありがとう、その輪の外で、 おばさんとばあさんが彼女を見つめている。泣き笑いをしながら、 写真を取り合う彼女たちが、一緒にいられる時間はもう少ない。 発車のベルが鳴った。じゃあね、の声がする。泣くまいとしているのか、 おばさんとばあさんの顔がひきしまる。

ドアが閉まる。町を出る子、町に残る子、そして母親、祖母。 それぞれの生き方に、線が引かれたような気がした。エンジンの音が高鳴り、 列車がゆっくりと動き出す。窓の外でみんなさかんに手をふっている。 おばさんとばあさんは身じろぎもせず、列車を見ている。 全てが流れ去って、列車は大湊を後にした。 泣いていた彼女の姿は、この席からは人影になって、見えない。

列車は下北半島に沿って走る。一面の雪の中、子供達が校庭の雪かきをしている。 晴れ渡った空の下、それでもきーんと冷たそうな陸奥湾と、 後ろに遠ざかる恐山をぼんやり見ていると、列車は野辺地に着いた。 列車から降りた彼女は、もう涙は見せずに、 跨線橋を渡って東京方面行きのホームに立っていた。



Written By 牧 英樹

まるみ感想:出会いがあれば別れもあります。出会ってそして別れて人は大きく なっていくのだと思います。 「ドアが閉まる。町を出る子、町に残る子、そして母親、祖母。」というところが ものすごくいいテンポで進んで行くので心地好かったです。涙をぬぐい去った 彼女は、今度この大湊駅に来たときどのような顔をしているのでしょう。ちょっと 気になるところです。「がんばって」と声を掛けてしまいそうな自分がいます。